沢月亭日記
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2005年1月1日(土) あけましておめでとうございます
まずはご挨拶まで。今年もよろしくお願いします。
連れは今日も出勤。仕方がないので、一人で実家に行く。
実家で早速パソコンを立ち上げる。去年からウイルス駆除ソフトが動かなくなった上に、起動に妙に時間がかかるということだったので、連れのアドバイスをもとに、AVGを最新バージョンにする。その後、ネットワークを切断してウイルスチェックすると、14個ほど感染ファイルが検出された。大漁だ。駆除するとかなり起動が早くなった。一応父もAVGでチェックはしていたのだが、それでもこんなふうになるとは。やはり、こまめに見に行かないとだめっぽい。

今日の晩ごはん。
実家のおせち(煮しめ、田作り、ごまめ、きんとん、卵焼き、ブリの照焼き、紅白なます、黒豆、たたきごぼう、かまぼこ、だて巻き、昆布巻き)、数の子、スモークサーモン、湯葉と椎茸の煮物。

連れの分。
煮しめ、わかめと麩のみそ汁、いんげんのお浸し、車海老の塩焼き。
+もらってきたもの:湯葉と椎茸の煮物、黒豆、ブリの照焼き。
2005年1月1日(土) 新年早々失礼
ずっとともに暮らしてきた人の人間らしい生き方と(おそらくは)命をも奪う――少なくともその確率を確実に高める――ことになるような決定を、自ら下す、ということ。
それは、いったいどんな憎悪があればできることなのだろう。
長年積み重なったものがあれば、そんなことも人はできてしまうのだろうか?
2005年1月2日(日) のんびりと。
今日は家で過ごす。一応、正月気分っぽく。
連れの休みは今日だけのようなので、休日は今日までという方向で。

今日の晩ごはん。
和牛の冷しゃぶサラダ、昆布巻き、煮しめ、肉団子と白菜のスープ、湯葉と椎茸の煮物、かまぼこ、麩と小松菜の卵とじ。
2005年1月6日(木) コケ
持っているのを忘れて同じ本を二冊買ってしまうというのは何度かやったことがあるが、とあるコミックの最新巻を買ったら、1巻飛んでいた上に最終巻だったというのは初めてだ。話が思い切り盛り上がっているのに飛んでいる上にネタバレ。うう。

今日の晩ごはん。
麻婆春雨、かぼちゃとたまねぎとツナのサラダ、小松菜のお浸し、レンコンとニンジンのきんぴら、黒豆、チクワのチーズ詰め、わかめと豆腐のみそ汁。
2005年1月7日(金) 晩ごはんの記録のみ。
鶏肉のディアブル風、かぼちゃのスープ、小松菜とベーコンの炒めもの、キャベツと鶏唐揚げのサラダ、長芋の納豆焼き。
2005年1月8日(土) 久しぶり
久々にオフ会……というか、友人と会ってお茶を楽しんだという方が適切か。有楽町の中国茶の店で話し込み、銀座を一回りして西武のアフタヌーンティで軽食、というコースで。インドとタンス株と弓道とお茶とトンデモ史観とゼノサーガと。いやあ、楽しかった。

帰りに閉店間際で安くなっていた小アジをゲット。小アジなんて調理したことがなかったので、検索しつつ南蛮漬けを作ってみた。えらとぜいごとはらわたを取って小麦粉をまぶし、30分ほどゆっくり揚げて、揚げ立てを漬け汁(酢と醤油と砂糖と酒と唐辛子と胡麻油を煮立たせた液)にじゅっと漬け、そのまま保存。
でも連れが泊まり込みだったので、漬け込んだまま明日へ。
いやー、漬け込んだぶんだけおいしくなるぞー(たぶん)。
2005年1月9日(日) つっこむにつっこめず
日曜だが、仕事。センター試験を控え、今からどうしたらいいんだ系の相談が多い。今そんな相談をしに来る時間があるならほかにやるべきことがあると思うのだが、仕事としては、そんな相談をする子が見落としているところは大体同じなので、わりと楽。
とりあえず、自分がこれまで間違ってきたものと向かい合え。なぜ間違ってしまったのか、どーしたら正しい答えに行き着けたのかを突き止めて、自分の中でその正しい答えに行き着くルートを確立しろ。そんなことを簡単そうに言ってみる。本当に簡単ならいいんだけどね。

それにしても、相談依頼のFAXに書かれていた「細くお知えて下さい」ってなんだろう。たぶん「細かく教えて下さい」と言いたかったんだろうけど、「お知えて」って……そうか「おちえて」とわざと幼児っぽくしゃべることで教えを乞う姿勢を見せ……なわけないか。
っていうかこれ書いたの、お客さんな高校生じゃなくて、間を取り持ってくれてる受付のお姉さんじゃ? わーん、つっこめないよう。

今日の晩ごはん。
かぼちゃの肉みそ焼き、青梗菜と鶏皮の炒めもの、オクラの梅がつおあえ、小あじの南蛮漬け(好評だったみたいだ)、ブロッコリのからしあえ、長芋のすり流し汁。
2005年1月10日(月) 新年射会
うーん、ここのところずっと調子が悪いというか、いや、調子がよかったためしなんてほとんどないんだけど、でも。

今日の晩ごはん。
揚げだし豆腐、ブロッコリ、白菜と豚ひき肉の重ね煮、小松菜のお浸し、黒豆、大根のみそ汁。
2005年1月11日(火) こ、こういう場合はどうしたら
書店のレジ前で、私は呆然と立ち尽くしていた。
私は、何をやっているんだ?
私の目の前では、レジで店番をしているおばさん(70代後半と見た)が、自分の戦争体験を語っている。そこから、私は一歩も動けなくなっていた。

(6日の日記に書いた、一巻飛ばして最終巻を買ってしまった)とあるコミックを求めて、ふだんは行かない地域にまで足を伸ばして入った小さな書店にて。
作者別でも出版社別でもサイズ別ですらなく雑然と並んだコミックの棚を眺めていた私に、店番のおばさん(初対面)が話しかけてきた。
「あんまりきれいに並んでいないけど、倉庫にあるからその(本棚の中ほどの、2冊分ほど空いたところを指して)10巻と11巻だったら持ってきますから」
とか、
「マンガはよくわからなくて。わたしの頃はのらくろとかしかなくてね」
とか。
ここで「ああ、読んだことあります」というような表情でうなずいてしまったせいなのだろうか。その後彼女は、あれよあれよという間に戦争の経験を語り出した。
女学校を出て裕福な家に嫁ぎ、満州に渡ったが結核で亡くなってしまった姉。
神田の書店で働き、空襲から多くの本を守った厳格な父。
幼い弟妹とともに疎開し、このまま自分たちだけになってしまったらどうしようかと心細かった日々。
そういった経験を、教訓も含めてよどみなく語る彼女。店の中には彼女と私の二人だけ。逃げ場はない。思わず「それは大変でしたね」「今はそういう方がなかなかいらっしゃらないんでしょうね」などと相槌を打ってしまう。
いや、だってほかにどうしろと?

20分ほど拝聴しただろうか。話の内容は興味深かったのだが、いったいなぜ、なんのスイッチが入ってああいう展開になってしまったのだろうか……。

コミックは、探せる雰囲気じゃなかった。
2005年1月12日(水) なめてかかりすぎっす
あの、国語なめてかかってたから古文全然勉強してなかったとか、得意げに言わないように。今週末がセンターなんだから。

帰りに弓道場へ。一時期の感覚がなかなか取り戻せず、ビデオ撮影してもらって自分の姿を観察。問題点は実によく分かったが、どこをどうすれば治るのかがさっぱり。気をつけているつもりでもうまくいかず、改善しようと試したことがかえってあだになってどつぼにはまる始末。が、何度か指摘を受けつつやり直していると、時折ぴたりとおさまるべきところにおさまるように引けるようにもなってきた。もう少しがんばってみよう。
2005年1月17日(月) 10年
もう、そんなに経ったのか。
2005年1月18日(火) その節はFAXをありがとうございました←私信
書類、提出しました。

発表する場がなくても自分の研究を進めていけるほど、自分には根性も情熱もありはしないのだと、ここ数年で痛感した。メモは大量にたまっていくが、どんどん埋もれていく。サイトで書いたところで、それが誰かを気分的に救うことになったとしても、知の集積の一端に加わることはない。同じことをサイトで発表するのと研究の場で発表するのとでは、反応も影響力もまるで違う。
学会発表や学会誌への論文の投稿のたびに思っていたのは、発表も論文も、誰に向けてのものかがわからなくて書くのがつらい、ということだった。
学会に所属している人は、たぶん、自分が発する情報をいちばん必要としている人ではない。けど、自分が伝えたい相手は、違う文脈の中で生きていて、この情報が必要なんだとは思ってくれないだろう。そんな人達に、必要な情報を届けるために、どうしたらいいのだろうか。
ひとつは、そんな人達の世界に飛び込んでみること。もうひとつは、そんな人達を引き寄せるような場を作ること。そう思った。
けど、どっちにしろ、どっちかの言葉で語るために、どっちつかずになってしまう。
そこで、ずっと迷っていた。
ふたつの世界をつなぐ言葉を探して、学生に無茶な課題を課しつつさまよっていた。
そして、方向は見えた気がする。
でも、その言葉の手がかりが得られても、つなぐことのできるしかるべき場がなければ、何もならない。
今私が欲しいのは、過去のしがらみにとらわれることなく論文を発表できる場だ。だから結果はどうあれ、機会をつかもうとする手は伸ばしたい。
って、日記に書くことじゃなかったー。わあ、ちょっとはみ出ました(汗)。

郵便局に行った足で髪を切りに行く。「最近伸びてきたんではねちゃって嫌なんで、はねないぐらいの長さにして下さい」と言ったら、担当の美容師さんは「絶対、はねないように切ります!!」と、妙に気合いを入れてカットしてくれた。おかげでいい感じに仕上がったのだが、そこまで気合いを入れんでも……。

最近ちょっと太り気味なので、食生活を正すことにした。
原因ははっきりしている。帰宅の遅い連れを待つ間の間食だ。だからそれをやめるのだが、その他にも食事自体のカロリーも考えなければなるまい。
かつては素で低カロリーなメニューを作っていたのだが、最近はあまり気にしなくなっていたので、油やバターの量が増えていたり、食材のカロリーも上がっていたりする。
それにたぶん、日付け代わってから晩ごはんを食べて1時間ぐらいで寝ると、摂取したばかりのエネルギーが次々に脂肪に変わっていってそうな気がする。
寝る時間や食べる時間をいじれないのであれば、食べるものをいじるしかあるまい。
……正すっていっても正しようのない点が、多々見受けられるような気もするが、何もしないよりはマシだろう。とりあえず、服のサイズが変わる心配をしなくていい程度にまで戻せればいいのだから。
というわけで、今日からしばらく「今日の晩ごはん」では、「〜炒め」といってもほとんど油を使わずにテフロン加工のフライパンで炒っているような状態だと解釈されたし。

今日の晩ごはん。
(自分用)
わかめと豆腐のみそ汁、黒豆、炒り卯の花、蕪の茎のじゃこ炒め、こんにゃくのピリ辛炒め、適当ビーフピラフ。
(久しぶりに帰宅した(涙)連れ用)
わかめと豆腐のみそ汁、炒り卯の花、蕪の茎のじゃこ炒め、ブロッコリーと牛肉の炒めもの、かぼちゃのミルク煮。
2005年1月19日(水) あ、これか!
センター試験の国語の問題について、解説を書くことになった。去年は国語I・IIだけだったが、今年は国語Iも持つことに。
国語Iは、受験者が国語全体の一割程度しかいないので、お客さんが質問に持ってくることはまずない。解説のために目を通してみたら、第一問の文章に思いきり見覚えがあった。試験対策の質問で、電話をかけてきたお客さんと話したんだっけか。いつだったかは忘れたけど。
例の、教科書に載っていた文章を使ってしまったというやつだ。
毎日何人ものお客さんに接している。質問された文章など、いちいち覚えてはいられない。一度しか見ていないのに覚えていたということは、結構特徴がある文章だったんだと思う。
国語は今回なんだか変わったところがあって、来年度から(国語Iと国語I・IIが)一本化されることの影響もあるんだろうけど、なんだかちょっと方向がブレた感じがあった。今回のミスもそのせいなのかな。

2005年1月20日(木) そりゃあ仕事だからなんでもやるけどさ
最近国語講師が少ないのか、すっかり国語ばかり任されるようになった昨今。
まあ、英語でも国語でもどちらでもやるし、生徒に会ってみるまでどちらかわからなくてもなんとかするんだが、国語の、特に現代文を指導する時に、時折非常にしんどい気分にかられることがある。

日本語で書いてあるんだよ?
専門用語を使っているわけじゃないんだよ?
問題が出されている文章、せいぜい1000字程度なのに、最後まで読めない?
(私の別サイト「ゲームを語ろう」の評論は、ほとんどが2500字を越えている。読んでもらえないな、きっと)
ていうか、自分で手をつけてもいない問題を、私に解かせようとしてない?

 一人ではなく複数のお客さんが続けてこんな調子だと、次第に自分がへこんでいくのがわかる。
英語ができない子に対しては、こんなにへこまない。普段自分で使っていない言語を、うまく身につけられないことだってあるだろう。
 けど、国語の場合は、話すのに使っている言語で書かれた文章を読んでいるはずなのに、書かれた意味を
読み取れていない。
 同じ言葉が通じない歯痒さを感じる。
 この子達は、私の世代が発したメッセージを、ちゃんと読むことができないんじゃないか。
 私が今言っていることも、全然理解できないんじゃないか。
 そんな不安がつきまとってしまう。
 だから、言葉は怖いし、辛い。

 ごはんネタは明日また。
2005年1月24日(月) オアシス
珍しく、かなりよく書けている小論文を見た。「添削」が可能なレベルということだ。話してみると、かなり練習してきたようで、理論武装に隙がない。
隙がなさすぎて、求められていることをつい忘れてしまい、いらんことまで言っているために、バランスが悪くなってしまっている、その点を除けば、筋は通っているし主張はぶれないし、課題文はちゃんと読めているし。
オアシスにでも行き着いた気分になってしまった。こういう子が珍しいというのがなんだか悲しいのだが、

かと思えば、センター試験の結果を受けて志望校を変更したのか、ふだん人の書いた文章を読んだり自分で文章を書いたりしていない子が、いきなり課題文を読ませてその内容を踏まえた意見を書かせるような小論文に取り組もうとする。
どこから教えたらいいんだろう。
与えられた課題を理解できていないのに、課題について意見を述べられるものか。
たぶん、この子が与えられた課題を理解し、筋道の通った意見を言えるようになるまでには、長い時間と鍛錬が必要なのだろう。
でも、私に与えられたのはたかだか1時間。この子が一人で歩いて行けるようになるには、短かすぎる。
どうしたらいいんだろうか。

2005年1月25日(火) あまりにありそうで、夢だと思えなかった
古い友人で、昔からTHE ALFEEが好きで、今もツアーに通っている人がいる。普段は年賀状のやりとりしかない彼女からはがきが来て、しばらく年賀状がとだえていた数年間の様子が書かれていた。留学していて、その間THE ALFEEへの熱はさめていたのだけれど、帰国して再燃したのだという。
……という夢を見た。
妙にリアルで実際の記憶とごっちゃになりそうなので、日記に夢だったとメモしておく。

今日の晩ごはん(一人分)。
こんにゃくステーキ、白菜とシイタケと肉団子のスープ、大豆の醤油浸けおろしかけ、野菜ジュース。
2005年1月26日(水) 目覚める記憶
ふとチャンネルを変えて見かけたBS2「THE・少女マンガ!  作者が語る名作の秘密」。少女マンガ家の生い立ちや作品歴を通じて代表作を語る番組。一昨日の美内すずえの回も見ていたりする。今日は青池保子の回で、中心に取り上げられていたのはもちろん「エロイカより愛をこめて」なのだが、作品歴の中で「七つの海七つの空」と「エル・アルコン――鷹――」が取り上げられていたのが懐かしかった。

「七つ」は16世紀のイギリスが舞台で、父親が反逆者の汚名を着せられて処刑されたことがきっかけで海賊になった青年と、青年の父親に罪をかぶせ、国を裏切ってスペインについた海軍士官の戦いを、青年に誘拐されたが意気投合してしまった少女の視点から描いたもの。この作品のいわゆる「悪役」の海軍士官ティリアンに作者自身がほれ込み、彼の過去を描いたのが「エル・アルコン」。
以来「黒髪サド目キャラ」が青池作品で重要な位置を占めていった。「エロイカ」の少佐も「アルカサル」のドン・ペドロも(「七つ」のハードカバー版のあとがきでそう書かれていた)。
作者がほれ込んだティリアンは、読者もやっぱり魅了したらしい。20年ぐらい前の「ぱふ」(まだA5判だった)の「悪役ベストテン」という小特集で、確か1位だったと思う(結構大きく取り上げられていたから。「黒い瞳のマキャベリスト」とかいうコピーがついていた記憶がある)。

「ぱふ」で見た時(中学生だったと思う)にはまだ読んでいなかったのだが、高校生になってから青池作品にはまり、「七つ」「エル・アルコン」をかなり遅ればせながら読んだ私は、かなり遅れて魅了された。ああいう、策謀をめぐらして手段を選ばず目的に進んでいき、かつ、成就を目前にして滅びる人物に憧れた。まあ、自分はそんなキャラじゃないんだと思い知り、いつしか忘れていったのだろう。本は今でも持っているが、開かずに十数年が経っている。

面白いのは、ふとしたきっかけでここまでずらずらと思い出したのに、今まですっかり忘れていたということだ。自分の記憶の中に、けっこうそういう部分はあるのかも知れない。

今日の晩ごはん(一人分)。
天津丼、ホウレン草のごまあえ、白菜とシイタケと肉団子のスープ、野菜ジュース。
2005年1月29日(土) だめだめな日
午前中は弓道。この間から射形が崩れていて、なかなかうまくいかない。原因が分からない上に、いろいろいじっていたら原点も分からなくなってきた…。
昼過ぎ、弓矢を持って雨の中帰宅。昼食後、久しぶりに休みの連れと、東京都美術館での「ミュシャ展」へ。例のいかにもミュシャらしい意匠のリトグラフ作品は定番だが、最近修復されたオカルティックなパステル画が目新しかった。「スラヴ叙事詩」は習作でないものを見てみたいかも知れない。
人が多かったせいか、結構疲れて帰宅。
矢の筈を修理しようとして失敗。連れに箆の中で折れた筈を抜いてもらってなんとか修理できたのだが、なんだかあれこれうまくいかない気がして、気分は結構沈んだ。

今日の晩ごはん。
肉団子と白菜の土鍋煮込み、春菊のサラダ、いんげんのごまあえ、かぼちゃのみそ汁。
2005年1月31日(月) スタートライン
最近は国語の面談に入ることが多い。
この時期の3年生だと、小論文の件数が多くなる。小論文のお客さんは、今になって準備を始めた人と、結構書いてきていて仕上げ段階といった人と、結構極端に分かれる。前者の方が多いのが、かなり心配。アイディアの出し方とかメモの作り方とか整理の仕方とかで1時間が終わってしまう。「書けそうです」という気分にはなってもらうのだが、ちゃんと書いてくれるのかな。そこ、スタートであってゴールじゃないからね。

今日の晩ごはん。
しいたけのひき肉詰め、じゃがいもとわかめのみそ汁、白菜のコールスローサラダ、春菊のごまあえ、焼きアスパラガス。

Akiary v.0.50
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